秀明館

姥子・秀明館

闇があたりを音もなく覆い森の中の命ある物達が騒ぎ始める。
秀明館の真の姿が現れるのはこれからで、風呂、部屋、廊下の隅の暗がりからちょっと悪戯で陽気な衆霊達が目を覚まし、一度大きな背伸びとあくびをして今日の勤めを始める。
私は大げさに冷静を装い自分に言い聞かせる、生霊の方が強いし心に曇りがない限り問題ない。
そして薄暗い長い廊下を風呂に向かって歩く、何者かが背中からついてくる、でも行儀がいいので悪さはしないでじっと観察している。
しかしまとまりに欠けてるから気配は感じる。
湯の落ちる音立ちこめる湯気、そしておもむろに湯船につながる段に座り、しめ縄のついた湯滝と正対する。
何千年と続く悠久の時間が堆積し、いろんな思いを持った人達の想念が滔々と流れるいで湯に流され、漂う物達と現世の自分を浄化してくれる。
ちょっと熱めの湯に入ると体がしゃんとし目がシャキッとする。
不思議な時間に包み込まれ、また段に座り佇む、これを何度か繰り返し衆霊達を引き連れ私だけの部屋に帰る。

朝の風呂に入る。立ちこめる湯気をいくすじかの生まれたばかりの光達が束となって湯船に差し込む、ちらりと垣間見える外の鮮やかな緑、これらの命を吸収して湯は流れてゆく。
部屋に帰ると障子の枡が光を四角に切り取っている。
滝の音と鳥達の声、昨日の闇はどこかへ行ってしまったのだろうか、昨夜の闇と朝の光の落差はどういう事なんだ。
この湯は神聖な神山に降った雨が地熱によって温められて湧き出てくる。そして湯船は湯の流れる途中にありそこは密やかな至福の場所。
私は特定の宗教は信じないがこういう無邪気でたわいない物たちは好きである。そして自然の偉大さに畏怖の念を持ちバランスよく調和して生きたいと願っている。